お花、いただきました。
私はお花好きなので本当に嬉しいです。
さて、ここ何回か、「怒り」について書いています。
なんですが、ふと分けてみようと思いました。
私は常々、いろいろなものを分けて考えることをおすすめしておりまして、
例えば…
などなど。
同じ物事でもそういうのを分けて考えることで見え方が変わるし、
必要以上に自分以外の人や状況に責任や罪悪感を持つこともなくなるし、
別の対処法や解決方法を見つけることができるからです。
今回私が分けようと思ったのは
「怒り」と「怒る」
です。
「怒り」は
・感情
「怒る」は
・行動
もういろいろあったんですが、私の最近の「怒りエピソード」をちょっと一つだけ取り上げると
息子に土曜の朝、ご飯を食べてから教室で仕事をして東京に発つ予定でした。
そこで、
Kくん、朝ごはん食べよう!
と声かけたら
うん。ちょっと待って~
と言ったきり、45分経っても来ず…。
私は結局がっかりしながら出張の支度をして息子に悪態をついて家を出るという…。
私が感じたイライラプンプンは、
「私出張に行って2日帰ってこんのんよ?!朝ごはんくらい一緒に食べようや!」
「なんでいっつも私が待ったんといけんのん?」
「もっとこっちのこと考えてや!」
という考えがどんどん浮かんできて、それが怒りをどんどん増やしていく。
これは「思考する」という行動。
私が取った
といった一連の行動。
これらはすべて「怒る」という行動。
こういうのをマッチポンプというのかしら…
自分で自分の燃料をどんどん注いでいる。
そんな感じ
しかも、「やっぱりやめとけば良かった」と思っている…。
知識として知ってたけど、より実感としてわかったこと。
「怒り」は何もしない。
怒りにつられて出てきた
・思考
と
・行動
が、私を「怒る」という行動をさらに加速させている。
というわけで、私は怒りたくて怒ってたってことですね。
帰って息子に謝ろうと思います。
「怒り」って別に悪い感情じゃなくて、
本当は上記のように
と「思考」していた。
でも、それを私は
という「行動」で示した。
「悲しみ」や「寂しさ」という感情を
「怒る」という行動で示した。
ということです。
当たり前だけど、「怒る」では「悲しみ」や「寂しさ」は伝わりません。
ていうか、45分後に、
なんて残念なんだ
って思うくらいなら、
これを
・「私出張に行って2日帰ってこんのんよ?!朝ごはんくらい一緒に食べようや!」
そのまま早めに伝えればよかったんですけどね。
そんな風に直前まで考えていたにもかかわらず、
出てきた言葉が全然違うもので、
自分にびっくり。
それって、結局は
「怒る」というパフォーマンスで
息子をコントロールしたかっただけなんだろうな~。
まあ、
私のこと考えてや!
イコール
君より私が大事でしょ?!(異論は認めない!)
ですし…ね。
まとめ
「怒り」と「行動」を分けてみる。
「行動」は自分で選べる。
相手や状況を選んでやっているならなおさら。(無意識に勝てる相手しか選んでない)
「感情」と「身体反応」は選べないけど、
「思考」と「行動」は自分で選べる。
息子のおかげで私が日々成長させてもらっています。
今日も読んでいただきありがとうございます。